今回は榛原まで電車に乗り、宇太水分神社~三十八神社~八咫烏神社~アニマルパーク~宇陀松山重要伝統的建造物群保存地区を巡りました。
601 榛原駅で出発挨拶
宇太水分神社境内
◎宇太水分(みくまり)神社(下社)
延喜式神明帳では、当水分社は葛城、都祁、吉野水分と共に大和の四水分の大社とされていたが、応保年間(1160年)頃より芳野川に沿って三所三座(当社、古市場社、芳野社)に祀られている。 御祭神:天水分神、国水分神、天児屋根命、品陀別命、宇陀市には他に2つの水分神社があり、菟田野上芳野の惣社水分神社を「上社」、菟田野古市場の宇太水分神社を「中社」と呼んでいる。共に式内社「宇太水分神社」の諭社(似たような名の神社が二つ以上あってどれが延喜式に記されているか決定しがたいもの)。
続いて芳野川沿いを歩きます。
三十八神社境内
◎三十八(みそは)神社
弥都波能売命(みづはのめみこ)を祀る旧指定村社。創祀由緒は不明。今の神饌所は元の大御堂で廃寺(礎石のみ残る)の善福寺の一堂として神仏習合時代の姿を伝える。本殿内に親鸞聖人の父藤原有範卿の冠と沓が神宝として所蔵されていたとの伝説があり、付近に親鸞聖人の母吉光尼の墓と伝えるところがある。古来、雨乞いの神、豊作豊穣を祈る宮として崇拝されている。
八咫烏神社鳥居
◎八咫烏(やたがらす)神社
續日本紀に「慶雲二年九月丙戌八咫烏社于大倭國宇太郡祭之也」とあり、これを以て当社の創祀と伝えられる。(慶雲二年は西暦702年) ご祭神は八咫烏。
神武東遷の段において吉野山中で停滞する一行を大和へと道案内し、天皇の勝利に貢献した八咫烏大神で、またの名を建角身命(たけつみのみこと)と称される。
宇陀の地は神武天皇の伝承があちこちに残されている。八咫烏は古来、軍神として崇敬され、南北朝時代には後醍醐天皇の篤い信仰により大いに栄えたと伝えられる。
現在では、日本サッカー協会のシンボルマーク及び日本代表のエンブレムの意匠として用いられている。
県営宇陀アニマルパーク
◎県営うだ・アニマルパーク
人と動物とのふれあいを通して、広く県民に動物全般に対する理解を促進するとともに、動物愛護思想の普及啓発を図り、豊かな社会づくりに寄与することを目的とした施設。
平成15年より整備を行い、平成20年春に開園。面積8.2ヘクタール、やぎや羊、ポニー、牛、ミニ豚、うさぎ、鶏などを飼育しており、乳しぼりやポニーの乗馬、餌やりなどを体験することができます。
宇陀松山重要伝統的建造物群保存地区巡り
商家町として発達した旧城下町。歴史的、文化的に価値が高いとして国が選定。
西口関門(国史跡)、春日神社、神楽岡神社、森野旧薬園などがある。
こうして初夏の陽気の中、参加者全員(13名―男8,女5)12キロの長丁場を無事完歩しました。(渡真利)